忘れる能力は便利なもの

 

 

人間は忘れる生き物です」と高校の先生が講義中に言った台詞をふと思い出した。誰が言ったかは忘れたが、この言葉は何故か覚えている

 

“忘れる”ということは自分にとって嫌なことだったか、もしくは興味がないことであろう

 

改めて、人間の便利な能力だと思う

意識的にはできないが、いつの間にか時間が経つと、本人ですら気がつかない内に深く根底に沈んでしまっている

 

これが所謂、“時間が解決してくれる”なのだろうか

 

しかし、忘れた事が浮き上がる時は一瞬。刹那のなかでさえも記憶というのは生きているもの

 

哀しく思い出したくない記憶も

何故だろうか

ふとした瞬間、思い出した時に僕の中に寂しさが残る

その記憶さえも愛おしく思えてしまう僕は、やはり根っからの寂しがりや

 

突然だが、三島由紀夫は疑問を残した

 

「人間に忘却と、それに伴う過去の美化がなかったら、人間はどうして生に耐えることができるだろう。」

 

だから人はよく、「昔は良かった」などと言うのだろう

 

三島由紀夫の疑問で僕の中の疑問が1つ解決したが、彼は自分の問いに答えを見つけたのか

 

人は生きるために、生き延びるために「忘れる」能力を身につけたのかもしれない